EVはパソコンと同じ道を歩むか?

27 12月

舘内端さんの「電気自動車ベンチャーは成功しない」と言う記事をタイトルに釣られて読んでみました。

要は「ベンチャー(中小企業)の資本力や技術力では、一般販売に耐えうる信頼性やコスト、アフターサービスが実現出来ないだろう」「まあ、発展途上国ならベンチャークオリティーでも良いかも」と言う話のようです。

コモディティー化に抗えるか?

同様に自動車メーカに聞いても「クルマは信頼性、安全性が重要。他業種から参入してきても我々の優位は揺るがない」という答えが十中八九返ってくるでしょう。現にEVの開発は自動車メーカでが主体となって電池やモータのメーカーに専用品を作らせるという、従来型の手法をとっています。更に今後はそれらの要素も取り込んで、自動車メーカ自身で内製しようとの動きもあるようです。

自動車メーカがこうした「垂直統合」に拘るのは「もし内燃機関というコア技術が衰退して技術的優位を失ってしまったら、自分たちは単なる組み立て屋になってしまう」という危機感からかも知れません。もしそうならそれ自体は正しい問題意識だと思います。しかし、思惑通りにいくでしょうか?

確かに、車はPCと違って箱の中に部品がちゃんと納まっていれば良い、というものではありません。箱(ボディー)自体の技術に加えて、操縦性や居住性そしてデザインや商品性といった全体のパッケージングがとても重要な製品です。

しかし、そのパッケージング技術の優位性も絶対的なものではありません。新興国がソコソコのレベルまでキャッチアップしてくるのはおそらく時間の問題でしょう。それに加えて、コモディティー化した安い部品とアジアの安い労働力を使い圧倒的な価格競争力で攻めてこられたら・・・たちまち世界のボリューム市場を取られてしまうでしょう。

高品質を売りにハイクラス市場に逃げていくなら、上に行くほどパイが狭くなりやがて消滅する運命です。このままお家芸の「擦り合わせ型の垂直統合」に拘って開発・生産・販売の全てを自社で抱え込んでいると、パソコン産業の二の舞になってしまうような気がしてなりません。

水平分業で生きる道

では、日本企業が水平分業の世界で生き残る道は無いかというと、そんな事はありません。やはりパソコンの教訓から学べば良いのです。

パソコンの組み立てやコモディティー部品の製造が全て新興国に移ってしまった今でも、先進国でやっている分野は何かと言う事です。

高度な要素技術

先進国で生き残っている企業と言えば先ずインテル。これは高付加価値の基幹部品製造です。他の部品がほぼ全てコモディティー化している中で、CPUだけはインテルの寡占状態といっても過言ではありません。成功の理由は、技術的優位性もさることながら、インターフェイスを公開して台湾企業などにマザーボードなどを作らせて一気に広める事により、自社のアーキテクチャーをデファクトスタンダード化した点にあるでしょう。

EV産業でCPUに該当するのは、恐らく最もハードルが高い電池技術でしょう。すなわちパナソニック(サンヨー)や東芝、GSユアサはインテルを目指す事になります。そういう意味では、自動車メーカに組み込まれてしまって、単なる下請け企業にはなりたくないはずです。EV専用ではなく、汎用電池として開発し一般に販売する戦略もありえます。

また一方で、韓国勢などの量産技術への集中投資により、「すでに韓国製電池は、品質/コストいずれも日本製の上を行く」(汎用リチウムイオン電池)と言ったことが起きています。EVにはEV専用電池と相場が決まったわけではないのです。

猛烈に追い上げてくる新興国に対して「うちは品質で勝負」なんて悠長に構えていたら、値段どころか品質まであっという間に追い越されてしまうでしょう。かと言って、あまり過剰に高性能や付加価値を追求したら、世界では売れない「ガラパゴス仕様」になってしまう危険があります。

ですから、日本勢は優位性があるうちに技術を一般公開しライセンス料を取るとか、あるいはその仕様には必須で他では作れない基幹部品を売ると言った、インテル張りに高度で際どい作戦が必要な気がします。

パッケージング

次にアップル的な生き方です。これは、企画・デザイン・宣伝といったブランド戦略に特化して、部品の製造や製品の組み立ては完全に外注するやりかたです。似たところでDELLの企画・流通でしょうか。

要は商品全体のパッケージングであり、まだ既存の自動車メーカにアドバンテージが残っている分野です。しかし、自前の生産設備は持たずに、企画やデザイン、エンジニアリング、チューニングだけを行います。

そうすると、徹底して走りが良いとかデザインがかっこ良くないとダメでしょう。あるいは、徹底してコストパフォーマンスが高いとか、あるいは徹底してユニーク(変態)とか・・・とにかく方向性がぶれてはいけません。 みんなの意見を取り入れて作りましたでは中途半端なものしか出来ません。ある意味、ジョブズのような天才がアイコン1つまで指示するような独裁体制が必要でしょう。

販売・サービス

販売やサービスのように直接ユーザと接するセクターは、当然消費国に残ります。パソコンの場合は家電量販店、又はメーカやショップによるネット通販です。

車の場合、日本ではメーカー直系の販売会社がほぼ支配してきましたが、EVがもたらす水平分業によってこれらは切り離され、独立系ディーラー以外の大半は消滅するでしょう。

そして代りに、オートバックスなどのカー用品店、そしてPCと同じ家電量販店が参入するかもしれません。ブランド企業によるネット通販もありえます。

充電インフラとしては、電力会社やコンビニ、 大手スーパーなどが参入しそうです。当然販売との組合せもありえます。また、ベタープレイスのような電池交換サービス、カーシェアリングやリース会社が登場するかもしれません。

新技術の種まき

一方個々の技術に目を向けると、リチウムイオン電池が唯一のEV用の電池と決まった訳ではないし、永久磁石同期モータもしかりです。こうした未開拓の分野に挑むには、多様な種をまいて実をつけたものだけ収穫し、あとはさっさと捨てるという「ショットガンアプローチ」の方が適しているといわれます。

現に米国ではEVベンチャーが次々に出現し、電池の開発から交通システムまで様々な開発を行っています。GMやフォードの「保守的な」技術者を引き抜いて、シリコンバレー界隈のギークなエンジニアと共同でEVの開発も行われています。勿論、これらの企業の9割は10年後には存在していないでしょうが、それで構わないのです。

一方日本では、大手自動車メーカや電機メーカが開発の中心のように見えます。勿論上述のリチウムイオン電池のように、一旦方向性が決まってしまえば巨大資本が集中投資して他を引き離すのが有利ですが、日本勢はそちらを志向してるにしては、企業合併が進まないなど動きがスロー。じゃあ逆に、ショットガンアプローチで多様かつユニークな技術に挑戦しているかと言えばそうでもない。どっちつかずの中途半端。各社ソコソコの規模で似たような技術を別々に開発するのはリソースの無駄使い、最悪の自滅パタンだと思います。

成熟しきった今の日本企業は、横並び意識や「前任者の面子」といった組織の事情で動いている面がありますが、ベンチャー企業にとってはチャンスかも知れません。戦後間もない頃、浜松には50社近い二輪メーカがあったと聞きます。当然製品の完成度は低く、ライダーはある程度の修理は自分でできた事でしょう。それが経済成長を経て皆さんご存知の3社に集約されましたが、他の47社が全てムダだった訳ではなく、 技術のシースは買収先企業に受け継がれた筈です。

EVは今、怪しくも面白い黎明フェイズにいるのですから、ユーザも製作者もあまり完成度にこだわらず、大らかな気持ちで若木の成長を見守って欲しいと思います。

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